自分の現在の環境
自分の現在の環境のなかで、いかに行動するか、というレベルにおいては、運命というものは、たしかにあるとも言えるかもしれない。 それは、個人の奮闘努力によっては変えようがないものである。 たとえば、自分が、もしかりに、第二次世界大戦の日本兵であって、アメリカ軍と戦争をしないといけないとしたら? いかに、奮闘努力したとしても、悲惨な状況、絶望的な状況から脱することはできないだろうし、超人的な努力を重ねても、勝利は無理であろう。 一方、もし、かりに、昭和30年代~40年代に、ふつうの日本人であったら? 人並みな努力をしていれば、高度経済成長の波に乗って、一般市民としては幸せな生活ができるであろう。 努力ということであれば、第二次世界大戦における日本兵は、むろん、個人的なばらつきはあるであろうが、たいへんな努力をして、生死をかけて、力戦奮闘した。 しかし、幸福にはなれなかった。少なくとも、大多数は。 努力はたしかに大事だろう。それは否定できない。しかし、いかに努力しても、個人の努力ではどうにもならないという状況はあるし、その一方で、多少の努力で、それなりに幸せになれるという状況もある。 このちがいを無視することはできまい。- 次のページへ:素人には大変な訴訟になりつつある
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